大徳寺

利休にたずねよと大徳寺の穴場感

京都の名刹として名高い大徳寺。千利休が切腹する要因の一つとなった利休の木像が置かれていた寺でもあります。大きなお寺でありながら拝観できない塔頭が多いため、他の有名寺院に比べて人が少なく、ゆっくりと見て回ることができます。

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利休にたずねよで登場する大徳寺

山本兼一氏の傑作「利休にたずねよ」では、この大徳寺を巡り、利休・秀吉・総見院の開山住持であった古渓宗陳の三名が、美と権力の話を繰り広げます。

大徳寺は、鎌倉時代末期に開かれた寺。室町時代に応仁の乱の影響で荒廃するもかのとんち話で有名な一休和尚が復興。安土桃山時代になると、織田信長の菩提寺として寺内に総見院が建立されました。以後、戦国武将やその妻の塔頭が次々と建立されて、栄華を極めました。

しかし、山門を改装するときに、千利休の寄進に感謝した大徳寺は、雪駄を履いた利休の木像を山門(金毛閣)に安置。門を通る場合に、利休の下をくぐらなければならないではないかと詰問。天皇や秀吉に対する不敬だとの言いがかりによる利休切腹の理由になっています。

下記が、利休の木像が置かれたという金毛閣

金毛閣

茶の湯にも多大な影響を与えており、政治・文化に大きく携わる京都を代表する寺院です。

戦国武将たちの墓が多数ある大徳寺

大徳寺は、織田信長の総見院を筆頭に、戦国を生きた男女の墓がたくさんあります。そのうちのいくつかをご紹介しておきます。

  • 三玄院:石田三成の墓
  • 黄梅院:蒲生氏郷の墓
  • 芳春院:前田家の菩提寺
  • 聚光院:三好家の菩提寺
  • 高桐院:細川忠興・ガラシャの墓
  • 龍光院:福岡黒田家の菩提寺

多くの塔頭が存在する大徳寺の山内図:クリックすると拡大します。

大徳寺山内図

利休にたずねよでの大徳寺

利休にたずねよは、市川海老蔵さん主演で映画化されたために、ご存じの方も多いと思います。

ただし、映画の評判は芳しくありません。私も見ましたが、海老蔵さん演じる利休が美しいのは良いところながら、映画だけを見ても話が良く分かりません。

なぜ、利休が死を賜ったのか、利休とその妻宗恩の関係と愛情や嫉妬の関係。美に対する完璧主義者の利休とその自負。天下を握った秀吉にただ一人ひれ伏さない利休の姿。

それらの細かい心理描写は小説で描かれています。映画を見て、不満をお持ちの方は、ぜひとも小説を読んで頂きたいと思います。

小説での大徳寺は、二度登場します。一度目は、利休の切腹により破却が決まった大徳寺とそれに抵抗する古渓宗陳の姿。二度目は、秀吉の母「大政所」の快癒祈願に対して、望む返答をしなかった古渓宗陳が追放されるお話し。

両方とも、秀吉に対して抵抗する姿を見せています。

そして、利休の生き方は毒=欲望を否定するのではなく、毒をとことん極めることを目指しています。

人はだれしも毒をもっておりましょう。毒あればこそ、生きる力も沸いてくるのではありますまいか。肝要なのは毒をいかに志にまで高めるかではありますまいか。高きをめざして貪り、凡庸であることに怒り、愚かなまで励めばいかがでございましょう。

山本兼一:利休にたずねよ

どんな職業・生き方も、淡泊では上手くいきません。誰よりも上手になりたい・誰よりも極めたい・・・誰かと競う・争うを超えて、何かをとことん極める気持ちで生きてはいかがかと利休は問いかけます。

この辺り、野球のイチロー選手が王貞治さんと話すことで、自分の進んでいる道が間違っていないことを確認できたと語っているのに似ています。

道を極めるというのは、傲慢・無頼・不遜な時も出てくると思います。高きを目指して貪り、凡庸であることに怒れば、自然に傲慢になってしまうでしょう。山本兼一さんは、利休以外にも、狩野永徳・虎徹など一芸を究めようとしたばかりに、人との軋轢を生んでしまう職人たちを書かせれば天下一だと思います。

大徳寺は、一般参拝ができません。常時拝観可能な塔頭は龍源院、瑞峯院、大仙院、高桐院の4か院(2015年wikiより)。そのため、行きたい本坊・塔頭の拝観時期を確認してから訪問してください。

そのため、歴史的な経緯・醍醐味溢れる大寺でありながら、京都観光の中上級者向け(穴場)と言えるかもしれません。じっくりと学んでいけば、静謐な雰囲気と相まって、満足できる旅になると思います。


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