子供の頃を思い出す「蕎麦ぼうろ」

子供の頃に食べた思い出がよみがえる蕎麦ぼうろ。京都のお菓子の中でも有名な焼き菓子。小さい頃に味わった方も多いのではないでしょうか。

蕎麦ぼうろは、1570頃にポルトガル人が伝えたお菓子の一つ。カステラ・火縄銃などと一緒に伝わった南蛮渡来の一つ。織田信長・千利休・近衛前久といった戦国の著名人たちも食べていたのかもしれませんね。

蕎麦ぼうろとは

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伝わった時は、小麦粉に砂糖や卵を加えて練った後に焼いていたお菓子。つまり、クッキーやビスケット系のお菓子全般のことを指していました。南蛮の宣教師が布教と文化を伝えるために配ったお菓子を「ボーロ」と呼んでいたのが始まり。ボーロが変化していき、明治時代に河道屋という蕎麦屋さんが、現在の蕎麦ぼうろを創り上げました。

蕎麦ぼうろの形は、梅の花・・・そして丸いのがツボミ。ポリポリ噛んで良し、噛まずに味わうのも良し。蕎麦と京都の香りを味わってください。

懐かしきそばぼうろ

河道屋の安兵衛さんが、蕎麦を応用して作り上げたお菓子。確かに茶事に合うと思います。

河道屋蕎麦ほうるは弊舗の中興祖河道屋安兵衞が菓子舗にて蕎麦を扱っておりました昔を偲びまして、古来家伝の製法を基とし、その銘蕎麦ほうる(ほうるはPole(蘭)Bolo(葡)の訛れるもの)の如く南蛮菓子の手法を摂って蕎麦に応用し工夫を重ねて製りあげましたもので枯淡風雅な形と味は万人の嗜好に適い茶事接客等に珍重せられ四季を問わずご贈答に用いられ京名菓の一として賞讃されております。総本家河道屋

蕎麦ぼうろ自体は、明治に創られたもの。

明治の末に、京都の「河道屋」という蕎麦屋が、そば粉を、ぼうろに加え、梅型に焼いたものを売り出し、現在の蕎麦ぼうろを作り上げました。それから、次々と、色々な蕎麦屋が「蕎麦ぼうろ」をはじめ、「蕎麦板」「蕎麦饅頭」等のそば菓子を作り、京名物となっていきました。京都の和菓子

今は、小麦粉と砂糖・卵にそば粉を加え、蕎麦の香を生かして焼き上げています。原材料を見るとシンプルで余計なものは入っていません。

そばぼうろの原材料

蕎麦ぼうろの老舗「丸太町かわみち屋」の紹介文では、素朴な中にも、京の風情が漂うと表現しています。正直、京の風情って何?と無粋なことを思ってしまうのですが。

ただ、子供の頃に食べた記憶が甦るのは確かです。食べた瞬間に「美味しい!」と飛び上がるようなお菓子ではありません。

甘すぎず、香も控えめで、お茶を飲みながら、軽く食べるのにピッタリ。老若男女問わないというセールストークは確かにその通り。京都からのお土産に持って帰れば、何だ「蕎麦ぼうろ」かとの感想を漏らしながら、皆がポリポリと食べてしまう情景が目に浮かびます。

蕎麦ぼうろの老舗

  • 総本家:河道屋:桓武天皇の遷都に従ったという由緒を持つ超老舗
  • 丸太町かわみち屋:丸太町ボーロやそばかさねなど他のお菓子も販売中
  • 本家尾張屋:にしんそばをはじめとした蕎麦の老舗。蕎麦ぼうるや蕎麦餅も人気
  • 伊藤軒:気軽に買える蕎麦ぼうろを販売中

蕎麦ぼうろは、日持ちもしますし値段もリーズナブルなお菓子です。ぜひ、お土産にご利用ください。

 

 

 


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