陶磁器

華やかな美しさを誇る京焼は、良い土と技術にあり

日本最古の陶磁器は、縄文土器。そして、京都最古の陶器は、奈良時代の天平年間(729~49)に行基(ぎょうき,668~749)が東山の清閑寺(せいかんじ)で窯場を開いたことに始まると言われています。

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そして、16世紀後半に「京焼」と呼ばれる陶磁器の歴史が始まります。安土桃山時代に千利休と長次郎がタッグを組んで創始した黒楽・赤楽を中心とする楽茶碗、本阿弥光悦、野々村仁清など上方の陶磁器文化が花開きます。

金閣で有名な鹿苑寺の住職「鳳林承章」の日記には、清水焼・粟田口焼きなどと記されており、京都のあちこちで陶磁器が焼かれていたことが判明しています。

華やかで美しい京焼

有名な陶磁器の産地は、備前・信楽・瀬戸・唐津・伊万里と人里離れた地にあるのが一般的。ところが、京焼だけは京の都という大都会で発展しました。

陶磁器を作るために必要な、良質な土と炭を得るたえには、土と炭を産する山の傍が、作陶には最適。それにも関わらず、京都で作られた理由は、日常生活品ではなく、ぜいたく品・高級品・趣味の器として作られたからです。

千利休が長次郎に創らせた楽茶碗。轆轤を使わずに手で形作られた茶碗は、そもそも、大量生産品ではありません。一つ一つ、手間暇をかけて作られた芸術作品。

他にも乾山や仁清をはじめ美しい陶磁器が京焼では作られており、芸術品・大名道具・ハレの日の品。そのため、作陶に必要な土は、京都に拘らずに、各地から取り寄せることになりました。

京焼の名工やる仁清は、丹波から京都に修行に来たと言われています。金森宗和(かなもりそうわ)の指導のもとに、仁和寺門前で窯(御室焼)を開き、茶器作陶を学びました。そして、当時流行していた色絵陶器を作り、第一人者となります。

豪華絢爛な色絵陶器の技術こそが、今日の京焼の基礎を作ったと言えるでしょう。


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